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山内トリオ(山内新一・山内和宏・山内孝徳)

南海ホークス
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トリオとは?

「三重奏」とか「三重唱」または、「ジャズトリオ」のように音楽用語として使われるケースもありますが、要するに、「3人が1組になっていること」、「3人組」のこと。

我々「昭和40年生まれ男」世代の三人組といえば、「花の中三トリオ」、「キャンディーズ」、そして、「イモ欽トリオ」でしょうか?最近のお笑いでは、「東京03」、「ハナコ」、「四千頭身」ですね。

「スーパーカートリオ」

プロ野球では、「ON(王・長嶋)」、「KK(桑田・清原)」、2人組で称されるほうがメジャーで、トリオを探すと、皆が知っているのは「スーパーカートリオ」ぐらいでしょうか?

「スーパーカートリオ」とは、当時の大洋ホエールズの近藤貞雄監督が、俊足打者3人を1番「高木豊」、2番「加藤博一」、3番「屋敷要」と並べ、足を使う攻撃が見事に機能し、連日のように報道もされ有名になりました。実は、近藤監督は「スポーツカートリオ」と命名していましたが、長嶋監督が「スーパーカー」と言い間違え、それが定着してしまったともいわれています。

他にほじくると、「鉄壁の外野手トリオ(2006年の日本ハム、森本・新庄・稲葉」、「ロッテのドラフト1位トリオ(安田・藤原・佐々木朗希)」を見つけましたが知名度はほとんどありません。ちなみに、「鉄壁の外野手トリオ」は1978年の阪急ブレーブス(福本・蓑田・ウイリアムス)のほうが格好いいですね。

南海ホークス「山内トリオ」。

少し遠回りしましたが、「トリオ」と言えばやっぱり「山内トリオ」がナンバーワンです!「スーパーカートリオ」は確かに知名度がありますが、実は、数字的に実績を残したのは「1985年」の1年だけなのです。知名度の割には意外な成績ですね。対して「山内トリオ」は、3人揃って活躍したのが3年間、弱かった暗黒時代にもかかわらず、3人とも先発で計90勝(3年)という見事な成績です。この3年間のチームの勝ち数が「158」ですから。

(左から)山内新一・山内和宏・山内孝徳

1981・1982・1983(昭和56・57・58年)の南海ホークス。

1981・1982年は「シンキング・ベースボール」のブレイザー監督(野村のID野球の師と言われています。)の元5位・6位、1983年は、穴吹新監督、藤原満ヘッドコーチの元、5位。こんなに負け続けてもシーズンオフには翌年の期待をしていたと思うと立派なファンだと誇りに思います。

まとめ

とにかく弱かった。勝てない日が続いても毎晩の「プロ野球ニュース」がとても楽しみでした。

それでは、また更新します。今回は以上。