スポンサーリンク

昭和57(1982)年、「西武ライオンズ」第1期黄金時代。 「落合博満」最年少三冠王。

プロ野球
スポンサーリンク

原田知世が芸能界デビュー!

1982年は、原田知世が14才、角川映画の新人女優募集のコンテストで「特別賞」を受賞、芸能界デビュー。この年は、小泉今日子・中森明菜・早見優・堀ちえみ(シブがき隊も)、等々、ブレイクするアイドルたちが多数デビューする凄い年です。我々「昭和40年生まれ男」の同世代の方々です。

引用 kenko-note.cocolog-nifty.com

「落合博満」三冠王!

前年にレギュラー定着し初タイトルの「首位打者」を獲得、そして、ロッテ入団4年目の1982年、28才の「落合博満」が三冠王を獲得。インタビューでの冷めた対応が印象的で格好良かったです。当時のロッテは、リー兄弟や有藤通世、迫力ある打線でした。が、チームは低迷していました。落合はこの後「三冠王」を2回追加、計3回獲得、中日に移籍時には日本人初の1億円プレイヤーとなります。

「根本陸夫」のチーム作り。

1979年に「国土計画」が買収し所沢に移ってきた「ライオンズ」、買収後には、監督兼任の「根本陸夫」らがチーム作りに携わり、1年めは、ドラフトで森繁和、ドラフト外で松沼兄弟、トレードでは阪神主砲の田淵幸一、ロッテから山崎裕之、2年めは、ドラフトで石毛宏典、安部理ら、ドラフト外で秋山幸二を獲得、のちに監督にもなるキャッチャー伊東勤は所沢の高校に転校させ「練習生」とする(翌年のドラフトで1位指名)、3年めは伊東のほか、社会人野球入りを表明していた「工藤公康」を6位指名で説得し入団させる等々、荒っぽさのある力(+お金)で急速にチーム作りを推し進め、強さだけでなく、人気も急上昇していくことになります。

広岡監督の管理野球。新球団4年目にして初優勝!

所沢移転後の4年目は、根本陸夫から引き継ぎ、「広岡達朗」が監督に就任。広岡と言えば、ヤクルト時代には「管理野球」で弱かったチームを優勝に導いた監督として有名、西武でも食事制限のほか、禁酒・禁煙・禁麻雀など徹底した「管理」を行い、よくテレビの話題にもなっていたことを思い出します。

2シーズン制の前期に優勝、後期優勝の「日本ハム」とのプレーオフで3勝1敗で圧倒し「西武ライオンズ」としての初優勝を達成、日本シリーズは「中日ドラゴンズ」を4勝2敗で倒し日本一となります。ここから西武ライオンズの黄金時代(広岡監督時代を第1期、森監督時代を第2期)がしばらく続きます。不人気リーグの「パ・リーグ」ですが、若手の派手なスター選手がそろい、人気球団となっていきます。

引用 Saitama Seibu Lions Official site

1982年のスターティングメンバー。

1石毛宏典ベストナイン
2山崎裕之
3スティーブ ベストナイン
4田淵幸一
5テリー
6太田卓司
7片平晋作
8大石友好
9立花義家
東尾修
松沼博久最多奪三振(152)

我が「南海ホークス」は暗黒時代真っただ中。では、また更新します。今回は以上です。