スポンサーリンク

1984(昭和59)年の「南海ホークス」暗黒時代7年め。 阪急ブレーブス「ブーマー・ウエルズ」が三冠王!

南海ホークス
スポンサーリンク

こんにちは、1984年は「ロサンゼルスオリンピック」の開催年。その前の「モスクワ大会」時の西側諸国のボイコットの報復として、ソ連などの東側諸国不参加の大会でした。開会式での「ロケットマン」あれから36年なんですね。競技では、陸上100m・200mのカール・ルイスが目玉選手、日本は、体操の森末、柔道の山下(現JOC会長)・斎藤仁らで10個の金メダルを獲得しています。公開競技として初めて野球が開催され、日本が優勝しています。当時はプロ選手の出場は無く、後々に南海ホークスに入る「西川佳明」やヤクルトに入る「広沢克己」などのアマチュアチームでした。「昭和40年生まれ男」は高校卒業し、大学入試に失敗した浪人時代でした。暑い夏の「オリンピックの中継」と「模擬試験の風景」を思い出します。

引用:ミドルエッジjp

「ブーマー・ウエルズ」三冠王!

1984年は、来日2年目の阪急ブレーブスの「ブーマー」が大ブレイク、三冠王を獲得、外国人初です。1982年の落合博満の三冠王獲得がありましたのでインパクトはいまひとつか?このあとの翌年、翌々年は、セ・リーグはバース、パ・リーグは落合が連続して三冠王となります。「ブーマー」は本名ではなく、「ブームを呼ぶ男」という思いを込めた登録名です。身長200cm・体重100kgの巨体+愛想の良い笑顔が特徴的でしたので、登録名に違和感はありませんでした。この年はブーマーの活躍によりチームを優勝に導きます。「阪急ブレーブス」最後の優勝です。

ブーマー

1984年の南海ホークス。「山内トリオ」→「山内コンビ」。

穴吹監督の2年め、開幕から5月までは3位をキープ。前年活躍したリアルドカベン「香川伸行」が不調、抑えのエース「金城基泰」も不調、徐々に順位を落とし、最終的には5位でシーズン終了です。チーム内からのタイトル獲得、ベストナイン選出はなく、弱さを物語っています。2年めの「藤本修」のローテーション入りが明るいニュース。今シーズンから「新一」が抜けた「山内コンビ」( 孝徳16勝、和宏12勝)にまた来季の期待を込めるしかなったものです。Aクラスへの道はまだまだ遠いです。

1984年のスターティングメンバー。

1番センター 河埜、2番ライト 山本和範、3番セカンド ドイル、4番DH 門田博光、5番ファースト ナイマン、6番サード 立石、7番レフト 新井宏昌、8番ショート 久保寺、9番キャッチャー 吉田、 「カズ山本」が近鉄から移籍して2年め、新外国人2人は、そこそこ。なかなか戦力があがりません。それでも懲りずに「ファン」のままです。

では、また更新します。今回は以上。

Amazon.co.jp: Audibleブック・オリジナル
Audibleブック・オリジナル ストアの優れたセレクションからオンラインショッピング。