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昭和61(1986)年、「西武ライオンズ」第2期黄金時代1年め。森祗晶新監督就任、清原和博入団の年。

プロ野球
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森新監督。昌彦→祗晶に改名。監督9年間のうちリーグ優勝8回。

前年終了後に勇退した広岡達朗監督から受け継いだ「森祗晶」新監督、1994年の退任までの9年間のうち、リーグ優勝8回・日本一6回を達成、圧倒的な強さを発揮。この9年間を「第2期黄金時代」とします。森監督は前年12月の監督就任発表の際に改名を発表、後のツイッターで「監督を引き受けるということは一国一条の主になることである。祇晶という名は棟梁運があると言われ、改名を決意した。」と、理由を話しています。

チームは、広岡時代に育てられた若手選手らが主力となり活躍、ドラフト1位の超大物「清原和博」も活躍しチームの優勝に貢献した。打撃陣は、MVP獲得の石毛宏典がチーム最高打率(.329)、三冠王の落合と本塁打・打点で競り合った秋山幸二、5年めの金森、3年目の辻発彦らが活躍、投手陣は、渡辺久信が16勝で最多勝、東尾が12勝、工藤が11勝したが、他の郭、松沼兄弟らが不振、近鉄と10月までデッドヒートが続く接戦ではあったが最後は2.5ゲーム差で優勝。

蛇足ですが、シーズン中に東尾が近鉄のデービスに4発殴られます。

引用 週刊ベースボールONLINE

超大物ルーキー「清原和博」。

PL学園時代のチームメイト、清原と桑田は「KKコンビ」として注目を集めていた。読売入団を熱望していた清原に対し、桑田は大学進学を表明、ドラフトにおいては、清原は複数球団による抽選、進学表明の桑田には指名回避と予想に反し、清原が熱望した読売が桑田を単独指名、ドラフト会議終了後の会見で涙を流す姿がニュース等々のテレビで放送された。メディアは「涙の理由」や「桑田と読売の密約説」など騒がしくなった。

清原は(読売を見返すために?)「西武」入団を決断、当時の「プロ野球ニュース」で球場視察の様子が流れた日、学生服姿でスタンドインさせた姿に驚愕を受けました。

入団後はご存知の通りの大活躍で新人王。しかし、年数を増すごとに見た目や評判が変わり、逮捕されるまでに至ってしまったことはとても残念に思います。

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日本シリーズ、秋山幸二の「バック宙」ホームイン。   史上初のシリーズ「第8戦」。

埼玉西武ライオンズオフィシャルサイト

この年の日本シリーズは、史上初の「第8戦」まで行われた。第1戦が引き分け、その後西武は3連敗後に3連勝、タイに持ち込んだ「第8戦」の6回表、0-2で追いかけている状態で秋山が同点ホームラン。そのホームインがなんと!「バック宙」、めちゃくちゃ驚きました。「新人類」と言われチャラいイメージがあった西武のメンバーの中ではまじめなイメージが格好良かった秋山でしたので・・・。試合は8回に1点勝ち越し、3連敗後の大逆転で日本一を達成。

「落合博満」中日へトレード。

シーズンオフ、2年連続3度目の三冠王となったスーパースター「落合博満」が中日に移籍、日本人初の年俸1億円プレイヤーとなります。パ・リーグのスーパースターでもセ・リーグ移籍が決まると途端に興味が無くなってしまいます。

ではまた更新します。今回は以上です。

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