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1988(昭和63)年、「南海ホークス」の暗黒時代最終年。ハンカチ世代誕生。

南海ホークス
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大阪球場最後の南海戦。

昭和最後の秋、1988年10月15日、大阪球場最後の試合。相手は優勝争い中の「近鉄バッファローズ」。あの「10.19決戦」の4日前、「たら・れば」話で恐縮ですが、近鉄からしたら「この試合が無かったら・・・」。当日の球場は超満員で開場予定時間を3時間も早めるほどだったようです。球団売却は、9月中旬に発表され、10月1日のオーナー会議で正式に承認済みの話でした。特に1ファンの立場では何も言うこともなく、ダイエーの金で変えてくれることを望んだものでした。今のホークスの姿など想像すらできませんでした。

「ダイエーホークス」の誕生。

【福島いわき】の人間である私は特別な抵抗感もなくスムーズに「ダイエー」ファンに移行できました。地元大阪の人たちはどうだったのでしょうか?さすがに、今の「ソフトバンクホークス」は昔の「読売」のようになってしまって、嫌いなチームになってしまっています。

さて、この買収劇により「南海ホークス」の暗黒時代は終了するわけですが、「ダイエーホークス」の暗黒時代は1999年まで続くことになります。

1988年(昭和最後)のシーズン。

杉浦監督3年めのシーズン。開幕から7連敗スタート、4月は3勝12敗で大きく負け越すものの、5月・6月は勝ち越しAクラス争いに参加したが、最終的に5位に落ち込む。チーム得点はリーグ2位だったが投手陣が勝てず、失策数もリーグワーストの年になりました。

パ・リーグは「10.19決戦」の結果、近鉄は優勝を逃し、結果待ちの「西武ライオンズ」が4年連続のリーグ優勝、日本シリーズでは中日を制し3年連続日本一を達成します。

個人タイトル。

40才の「門田博光」がMVP、本塁打王+打点王の2冠と最高出塁率を獲得しベストナインにも選出される。門田以外のタイトル獲得、ベストナイン・ゴールデングラブ選出が誰もいない、寂しいシーズンです。この門田は家族のために福岡行を拒絶しブレーブスに移ることになります。

ハンカチ世代誕生。

この年をもって「南海ホークス」の暗黒時代が終了しますが、この1988年に誕生した子供たちが2006年に甲子園の優勝投手でアイドルのように注目された「斎藤佑樹」の同級生たちで「ハンカチ世代」と呼ばれます。なかなか結果の出せない斎藤を他選手がドンドン追い抜いていきます。代表的な選手は、

国内選手には、

「松坂世代」に負けず劣らずの一流選手が勢ぞろいです。

暗黒時代成績表。

  監督順位勝率打率本塁打防御率
 1978 広瀬叔功6 42  77  11  .353  .239 784.01
 1979 広瀬叔功5467311.387.2761254.86
 1980 広瀬叔功648775.384.2741835.63
 1981ブレイザー 5536512.449.2731284.37
 1982 ブレイザー553716.427.255904.05
 1983 穴吹義雄652699.430.2681284.75
 1984 穴吹義雄5536512.449.2691594.89
 1985 穴吹義雄5447610.367.2601495.05
 1986 杉浦 忠649738.402.2511364.46
 1987 杉浦 忠4576310.475.2611323.86
 1988 杉浦 忠558711.450.2671624.07
引用 週刊ベースボールONLINE

ありがとうございました。

また更新します。

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