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1979(昭和54)年、「南海ホークス」暗黒時代2年め。新球団「西武ライオンズ」誕生。

南海ホークス
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西武ライオンズ誕生!

1979(昭和54)年、この年のプロ野球は、前年からの「江川事件」を引きずってスタート、コミッショナーが辞任、小林繁が阪神へ移籍などのニュースが続きます。そして我らが「南海ホークス」は、2月のキャンプイン早々に期待の主砲「門田博光」がアキレスけん断裂の大けが、早くも暗雲立ち込めることとなりました。新外国人「王天上(オーテンジオ)」と2年め助っ人の「メイ」が頼りの年になってしまいました。「王天上」は王貞治を超えるようにと名付けられた名前で少し注目されましたが、翌年解雇、超えることはできませんでした。

1979年は、「クラウンライター」からチームを買収した「西武ライオンズ」の誕生1年目、九州から現在の所沢に移転してきた年です。クラウンライターのチーム所有期間はわずか2年間、西鉄ライオンズ時代の「黒い霧事件」を発端に、九州も暗黒時代だったのでしょうが地元からチームが無くなるというのはファンにとってはいたたまれないことだったでしょう。

1970年代当時は「パ・リーグ」は人気がまったくありませんでした。今の大人気の盛り上がりのきっかけを作ったのが「西武ライオンズ」です。お金も使いながら良い選手を集め、ファンサービスにも尽力し、1982年からの「広岡監督」~「森監督」時代は常勝軍団と呼ばれてるほどになりました。

熾烈な最下位争いのうえ5位 !

南海ホークスは、この新球団の開幕12連敗に助けられ、前期は5位(勝率.371)を確保、後期は定位置の6位(勝率.404)、ほんのわずかの差での年間5位で終わりました。新井宏昌が打率2位(.358)、金城が「最優秀救援投手(20sp)」のタイトルを獲りました。この年のドラフトは香川が2位、山内孝徳が3位指名(1981入団)です。人気選手の入団が決まりますが、暗黒時代はまだ始まったばかり。

では、また更新します。今回は以上。