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1980(昭和55)年、日本のプロボクシング。

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ボクシングマガジン
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1980年も「具志堅用高」の年、3回防衛成功、防衛回数は13回に。

新世界チャンピオン続々3人誕生!

中島成雄:ボクシングマガジン

1980年1月3日、絶対不利を予想されていた「中島成雄(ヨネクラ)」がWBCジュニアフライ級チャンピオンに!肋骨骨折、鼓膜を傷めた状態ながらも3-0の文句なしの判定勝ちで日本人17人目の世界王者となりました。

この年2人目の新チャンピオンは「大熊正二(新日本木村)」、1974年10月に初タイトル獲得以来(1975年1月初防衛に失敗)2度目の世界タイトル、防衛失敗から5年4か月ぶりの返り咲きです!この間にタイトル挑戦5回失敗、この試合も期待は少なく「望みなき挑戦」とまで言われた敵地(韓国ソウル)での挑戦でした。試合は大熊が圧倒し9RKO勝ちで海外からベルトを持ち帰ってきます。(この夜の韓国は戒厳令が出されていた。)

大熊正二(おぐましょうじ)は、福島県郡山市出身、本名は「小熊正二」1978年4月にミゲル・カント戦敗戦後に改名、「小」→「大」に変えましたが読み方は「おぐま」のままです。

3人目の新チャンピオンは「上原康恒(協栄)」、試合会場はアメリカ・デトロイト、「クエバスVSハーンズ」の前座試合でした。相手はWBAジュニア・ライトのタイトルを10回防衛中(アポロ嘉男、丸木孝雄、1980年4月にはバトルホーク風間と対戦)の「サムエル・セラノ」、見事6RKOで大熊に続き、海外からベルトを持ち帰る4人目の日本人となります。

新チャンピオンタイトル結果チャンピオン試合会場
1.3中島成雄 WBCジュニアフライ級判定15R金 性俊(韓国)後楽園ホール 
5.18大熊正二WBCフライ級KO9R0’53”朴 賛希(韓国)韓国ソウル
8.2上原康恒WBAジュニアライト級KO6R2’59”サムエル・セラノ(プエルトリコ)デトロイト

中島成雄が3月に初防衛を失敗(9月のリターンマッチでも敗退)してしまいますので、1980年末の世界チャンピオンは、具志堅・大熊・上原の3人となっています。

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具志堅に翳り?

防衛回数試合日時結果対戦相手試合会場
111.27判定15R金 龍鉉(韓国)大阪府立体育館
126.1KO8R1’42”マルチン・バルガス(チリ)高知県民体育館 
1310.12判定15Rペドロ・フローレス(メキシコ)実践倫理会館

1980年、1月・3月・10月と3度勝利し、防衛記録を前人未到の「13連続」と伸ばした我らが「具志堅用高」ですが、1月の「金龍鉉(韓国)戦、終盤には流血し、顔を変形させ、パンチを当てられ腰を落とすなど、点差は大差をつけていながらの見たことが無い苦戦、10月の「ペドロ・フローレス(メキシコ)」戦、この試合は3Rに具志堅の左フックが鮮やかに決めダウンを奪う最高のスタートと思ったこの後から挑戦者の積極的な攻撃を受け乱され始めます。チャンピオンがぐらつき、挑戦者が突進し、後退を続け、手が出ない。12回にはロープを背負い、「まさか?」という不吉な予感も。苦闘の末の判定勝ちでの防衛でした。

引用 ボクシングマガジン

1980年の世界挑戦。

挑戦者タイトルチャンピオン
11.22スパイダー根本(草加有沢) 判定WBAフェザー エウセビオ・ペドロサ(パナマ)
2 4.2 磯上秀一(辰東 )9RTKOWBAバンタムホルヘ・ルハン(パナマ)
34.3バトルホーク風間(奈良池田)KO13RWBA J・ライトサムエル・セラノ(プエルトリコ)
46.11村田英次郎(金子)引き分けWBCバンタムルペ・ピントール(メキシコ)
59.17中島成雄(ヨネクラ)11RKOWBC J・フライイラリオ・サパタ(パナマ)
タイトル獲得戦・防衛戦を除いてあります。

【福島いわき】出身、スパイダー根本、残念!リーチ差29センチ、届かなかった!

磯上秀一も【福島いわき】出身、1975年のバンタム級の新人王、ストイックなファイターとして人気選手でしたが、世界挑戦はこの1回のみ。挑戦失敗後、1981年10月に日本バンタム級タイトル獲得し5回防衛。1982年3月には「村田英次郎」の東洋太平洋タイトルに挑戦するも3回KOと完敗。通算40戦30勝(20KO)6敗4分。

6月の「村田英次郎」の世界初挑戦は惜しくも引き分け。

1980年、海外では「黄金のミドル」は、ハーンズのタイトル獲得、デュランVSレナードの2戦などのビッグファイトが多数、大注目でした。

それではまた更新します。今回は以上です。