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1980(昭和55)年入団「香川伸行」、リアルドカベン。「南海ホークス」暗黒時代3年め。

南海ホークス
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こんにちは、1980年我が「南海ホークス」は、前期5位・後期6位の年間最下位。3年目の広瀬監督でしたが低迷が続き辞任(3年間の成績は、最下位・5位・最下位)となりました。1980年は、前年開幕前のキャンプでアキレス腱断裂で離脱していた「門田博光」が復帰、そして、甲子園のヒーロー&アイドルだった、ドラフト2位の「香川伸行」のデビューです。

ドカベン・香川伸行

香川伸行、甲子園のアイドル、天才的な打者。

大阪、「浪商」の3年生時、 春夏とも甲子園に出場し、牛島和彦とのバッテリーで注目。春は準優勝、夏は3試合連続ホームランと大活躍、キャッチャーで丸々とした体つきから「ドカベン」との愛称で呼ばれ大変な人気者でした。詳しくない人が漫画「ドカベン」のモデルが香川だと思っても不思議ではありません。プロ野球引退後は波乱万丈な人生、相当な苦労もなさったようです。2014年、52才の若さで亡くなってしまいました。

1979年ドラフト会議。

1979年ドラフトの目玉は、「岡田彰布」と「木田勇」、岡田は南海も含めた6球団重複で阪神、木田は3球団重複で日本ハムに入団。この注目された2人が両リーグに分かれ新人王を獲得、木田は新人でMVPに選ばれるという凄い活躍でした。他に1位指名で後に活躍するのは、「浪商」で香川とバッテリーを組んだ「牛島」ぐらいす。

南海ホークスは、外れ1位「名取和彦」、2位が「リアルドカベン・香川伸行」、3位「山内孝徳」、4位「水谷茂雄」。名取は1年目から1軍でフル稼働したが2年目開幕直前にトレード放出、水谷は2年目に抑えで10セーブ上げるが故障のため活躍はその年のみで1984年度で引退。

3位山内は「山内トリオ」として十分な活躍、2位「香川」は成績こそ不十分でしたが、愛されるキャラクターと非凡で豪快な打力は魅力的で、体調管理をしっかりとしてもっと長く野球人生を過ごしてもらいたかった。今のようにパ・リーグ人気が高まっていれば、チームにとっても必要不可欠な主要メンバーになれたことと思います。

指名打者は「門田博光」。幻のKK(門田・香川)コンビ。

「たら・れば」があれば、

門田が大けがしなければ、香川は指名打者で大成できたかもしれません。守備力が弱く、プロのキャッチャーとしては通用せず、打力を生かそうと三塁手にも挑戦しましたが、体格のせいもあり難しかったのでしょう。「指名打者」というポジションが空いていれば、活躍できたかもしれません。外野手・門田との「KKコンビ」が見れたかもしれません。

まだまだ、南海ホークスの暗黒時代が続きます。

今回は以上です。