

こんにちは。こちらの投稿日は2019.3.23。どうやら東京オリンピックは「延期」が決定しそうです。次の議論は、延期が「1年」なのか「2年」になるのか?が焦点となっていくのでしょう?出場予定だった選手の皆さんには気の毒ですが、今回の全世界的な大変な状況の中やむを得ないことと思います。代表選考等、今後たくさんの問題が発生することでしょう。札幌でとなった「マラソン」についても東京で出来るよう再考してもらいたいものです。
ところで、40年前には「モスクワオリンピック」ではボイコット問題が発生し、日本も不参加となってしまいました。今回とは様子が違い、政治問題がスポーツの大会に影響を及ぼしてしまったという出来事で、選手の皆さんは納得いかなかったことと想像します。実は、当時の不参加国66か国のうち、西側先進国は6か国(アメリカ・カナダ・西ドイツ・日本・ノルウェイ・トルコ)しかなかったそうです。イギリス・フランスなどは参加していたのですね。あまり知られてないのでは?正直驚きました。

オリンピック代表選手初の世界チャンピオン。
2012年のロンドンオリンピックで村田諒太(ミドル級)が金メダル、同時に清水聡(バンタム級)が銅メダルを獲り注目されましたが、ボクシングのオリンピックメダリストは2人を含めて過去に5人だけしかいません。世界チャンピオンの「92人」と比較すると、オリンピックのメダルはとても遠いものなのですね。
「ロイヤル小林」は、1972(昭和47)年のミュンヘンオリンピックの代表選手、ベスト8どまりでメダルには届きませんでした。アマチュア時代のKO率は8割2分、1973年のプロデビュー後も、世界初挑戦のアルゲリョ戦まで18勝16KO、異名は「KO仕掛け人」。
大卒選手初の世界チャンピオン。
ロイヤル小林は、オリンピック代表初のチャンピオンでもあり、大卒初の世界チャンピオンでもあります。エリートボクサーと言いたいところですが、パンチパーマに口ひげ、ボクシングスタイルはKO狙いのファイター、とぽくない方です。


アレクシス・アルゲリョ、ウイルフレッド・ゴメス、 エウセビオ・ペドロサ、スーパースターと対戦。
世界初挑戦は、1975.10月「リングの貴公子」アレクシス・アルゲリョ(WBAフェザー級)と対戦し5回KO負け、1976.10.9(具志堅がタイトル獲得する前日)にWBCのジュニアフェザー級のタイトル奪取、日本人世界チャンピオン無しにピリオドを打つ。翌月の防衛戦で判定で陥落、わずか47日間のチャンピオンでした。1978年1月には「KOキング、バズーカ」ウイルフレッド・ゴメスに挑戦し3回KO負け、1年後の1979.1月には「WBAフェザー級19回防衛」することになるエウセビオ・ペドロサに13回KO負け。ペドロサには我らが「スパイダー根本」も挑戦失敗。
ロイヤル小林は、超スーパースター「アルゲリョ、ゴメス、ペドロサ」の全盛時に戦っていたのですね。本でも書けば売れるのでは?それとも既に出版されているのか?
ランキング(1979.2月・東洋太平洋J・フェザー級。
OPBF 1979.2 | フェザー級 ~57.15kgまで |
Champion | ロイヤル小林 (日本・国際)① |
1 | スパイダー根本 (草加有沢) |
2 | 尹 錫太 (韓国) |
3 | 吉田 秀三 (協栄・河合) |
4 | ネネ・ジュン (フィリピン) |
5 | 黄 福寿 (韓国) |
6 | ヌンサブレング・リードバンキー (タイ) |
7 | クンフォレク・サコーンビタク (タイ) |
8 | ロミー・クナナン (フィリピン) |
9 | 松島 幸一 (三好) |
10 | ローランド・ナバレッテ (フィリピン) |
それではまた更新します。今回は以上。
