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ボクシング

1978(昭和53)年、日本人の世界挑戦16連敗でストップ。「工藤政志」WBA・ジュニアミドル級タイトル奪取。

日本人の世界タイトル挑戦16連敗。 具志堅用高が、1976(昭和51)年10月10日に「ファン・ホセ・グスマン」を7Rで倒し、WBAジュニアフライ級のタイトルを獲得し順調に防衛を続ける中、実は、日本人の世界タイトル挑戦者たちは負け続...
プロ野球

1977(昭和52)年、「阪急ブレーブス」黄金時代3年め。

この年、セ・リーグ「読売」の年間観客数は約295万人、パ・リーグ、黄金時代の「阪急ブレーブス」の年間観客数は約59万人、5分の1ですね。ちなみに、「南海ホークス」は約64万人、どちらかというと、「南海」との差のほうが興味ありますが、強い阪...
プロ野球

昭和57(1982)年、「西武ライオンズ」第1期黄金時代。 「落合博満」最年少三冠王。

原田知世が芸能界デビュー! 1982年は、原田知世が14才、角川映画の新人女優募集のコンテストで「特別賞」を受賞、芸能界デビュー。この年は、小泉今日子・中森明菜・早見優・堀ちえみ(シブがき隊も)、等々、ブレイクするアイドルたちが多数...
南海ホークス

1987(昭和62)年、「南海ホークス」暗黒時代10年め。

こんにちは。ついに、「南海ホークス」としての暗黒時代は翌1988年で終了します。チーム順位が浮上するわけではなく、「ダイエー」に身売りしてしまうからです。「ホークス」の暗黒時代はまだ続くのですが・・・1987年は「南海」の暗黒時代の中でも...
プロ野球

昭和51(1976)年、「阪急ブレーブス」黄金時代2年め。

こんにちは。1975年から在籍した不動の二塁手、「マルカーノ」って長く日本にいましたね。見直すと、阪急に8年、ヤクルトに3年の計11年間でした。10年以上の助っ人というと、多くはいないはずです。活躍し続けないとすぐに解雇されてしまいますの...
南海ホークス

1986(昭和61)年、「南海ホークス」暗黒時代9年め。

こんにちは、2020年のプロ野球開幕は選手の中から感染者が出てしまったために深刻度も深まり4/24を目標にしていた動きも大分遅れるようです。オールスター無し、クライマックス無し、の試合数の消化最優先のシーズンになってしまいそうです。個人的...
南海ホークス

1985(昭和60)年、「南海ホークス」暗黒時代8年め。背番号「7」久保寺雄二、急逝。

昭和60(1985)年1月4日、26才の若さで「久保寺雄二」が実家で亡くなってしまった。風邪の悪化からの急性心不全だったとのこと。久保寺は、静岡の県立静岡商業で1974年の1年生時の夏(3年生エースが後に中日に入団する高橋三千丈)、2年生...
プロ野球

「阪急ブレーブス」黄金時代。1975(昭和50)年。

こんにちは、「昭和40年生まれ男」、南海ファンの私が、「南海ホークス」の暗黒時代を追っていたら、「阪急ブレーブス」の黄金時代がとても羨ましく、あの頃のスーパースターたちを思い出してみました。 引用:プロ野球倶楽部 阪急ブレーブスの館...
南海ホークス

1984(昭和59)年の「南海ホークス」暗黒時代7年め。 阪急ブレーブス「ブーマー・ウエルズ」が三冠王!

こんにちは、1984年は「ロサンゼルスオリンピック」の開催年。その前の「モスクワ大会」時の西側諸国のボイコットの報復として、ソ連などの東側諸国不参加の大会でした。開会式での「ロケットマン」あれから36年なんですね。競技では、陸上100m・...
ひとりごと

俺たち「志村世代」。訃報、「志村けん」さん死去。2020.3月30日。

つい先ほどの衝撃的なニュースに、久しぶりに悔し涙が流れました。我々「昭和40年生まれ男」たちは、小学校2年生?か3年生の頃からでしょうか。自宅で爆笑し、学校でギャグを披露するために毎週土曜日の夜の「全員集合!」をどんなに楽しみに待っていた...
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