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1980年代【黄金のミドル(中量級)】の周辺③「ジョーブレイカー・ホセ・ピピノ・クエバス」

ボクシング
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1980年代のボクシングは、ヘビー級ではなく、中量級にスーパースターが集中し、【黄金のミドル】と呼ばれる最盛時代、中でも「ハグラー・デュラン・レナード・ハーンズ」の4人は「ビッグ4」と呼ばれる超スーパースターでした。今回の特集は、この「ビッグ4」ではなくその周辺について探っております。
1980年代【黄金のミドル(中量級)】の周辺⓪

ボクシングマガジン

18才でWBA世界ウエルター級チャンピオンに。

「ホセ・ピピノ・クエバス」は、1957年12月生まれ、記録によるとプロ1戦目は1971年11月ですから「13才」でのプロデビューです。中学2年生です!
17才でメキシコ国内チャンピオン、翌年(1976年7月)、18才でWBA世界ウエルター級チャンピオンに!この年の3月には「ウイルフレド・ベニテス」が17才5ヶ月で世界タイトル獲得。二人とも凄い!!
クエバスは、タイトルを11回防衛(うち10KO)しますが、1980年8月に、ハーンズに敗れ王座陥落、「黄金のミドル」のビッグ4に席を譲り主人公にはなれませんでした。

「シュガー・レイ・レナード」が恐れた男

挑戦者を次々とKOで倒し、その挑戦者のほとんどを病院送りにしたという伝説のチャンピオン。そして、35勝のうち31KO(11回防衛のうち10KO)とKO率が凄まじい。じわじわと標的に近づき、速い的確なパンチを「ブンッ!」 「ブンッ!」 とぶつけていきます。
「シュガー・レイ・レナード」が初挑戦を狙っていた時期のチャンピオンは、WBAが「クエバス」、WACが「ベニテス」、レナードは、最強パンチを恐れて「クエバス」を避け、「ベニテス」を選んだと本人が語っているそうです。

あご割りパンチャー(ジョー・クラッシャー)

チャンピオン時代のあだ名は「ジョー・クラッシャー」、文字通り何人もの挑戦者のあごを砕き病院送りにしたことによります。「恐怖のあご割りパンチャー」です。

戦績(タイトル奪取後)

ボクシング選手名鑑 というサイトを参考にしました。ありがとうございます。)

1976年7月17日(18才6か月)■WBA世界ウェルター級タイトルマッチ■王座獲得
○2RTKO アンヘル・エスパダ(プエルトリコ)
※チャンピオンの「アンヘル・エスパダ」は1975年6月に獲得したタイトルの2回目の防衛戦。この後、1977年11月(11R棄権負)・1979年10月(10RTKO負)と2回「クエバス」に挑戦失敗しています。

日本チャンピオン「辻本章次」が挑戦。

クエバスの最初の防衛戦の相手は日本人、「辻本章次」は、日本ウエルター級のチャンピオン(このとき9度防衛中)、近畿大学出身のアマチュアエリートのテクニシャン。挑戦時の1976年10月は、9日に「ロイヤル小林」がWBC世界フェザー級、10日に「具志堅用高」がWBA世界ジュニアフライ級を獲得し、3人目の世界チャンピオンに!と期待されたが、クエバスの圧倒的強さに完敗。
1976年10月27日■WBA世界ウェルター級タイトルマッチ■防衛①
○6RKO 辻本章次(ヨネクラ)

戦績(つづき)

1977年3月12日■WBA世界ウェルター級タイトルマッチ■防衛②
○2RKO ミゲル・アンヘル・カンパニーニョ(アルゼンチン)
1977年8月6日■WBA世界ウェルター級タイトルマッチ■防衛③
○2RKO クライド・グレイ(カナダ)
1977年11月19日■WBA世界ウェルター級タイトルマッチ■防衛④
○11R棄権 アンヘル・エスパダ(プエルトリコ)
1978年3月4日■WBA世界ウェルター級タイトルマッチ■防衛⑤
○9R棄権 ハロルド・ウェストン(アメリカ)
1978年5月20日■WBA世界ウェルター級タイトルマッチ■防衛⑥
○2RTKO ビリー・バッカス(アメリカ)
1978年9月9日■WBA世界ウェルター級タイトルマッチ■防衛⑦
○2RTKO ピート・ランザニ(アメリカ)
1979年1月29日■WBA世界ウェルター級タイトルマッチ■防衛⑧
○2RTKO スコット・クラーク(アメリカ)
1979年7月30日■WBA世界ウェルター級タイトルマッチ■防衛⑨
○15R判定 ランディ・シールド(アメリカ)
1979年12月8日■WBA世界ウェルター級タイトルマッチ■防衛⑩
○10RTKO アンヘル・エスパダ(プエルトリコ)
1980年4月6日■WBA世界ウェルター級タイトルマッチ■王座防衛⑪
○5RKO ハロルド・ボブレヒト(南アフリカ)

【WORLD WARⅡ】、VS「トーマス・ハーンズ」

1980年6月の「レナードVSデュラン」の第一戦のキャッチコピー【ワールド・ウォー(WORLD WAR)」にもじってこの試合は【ワールド・ウォーⅡ(第二次世界大戦)】ととして大々的にプロモートされた世紀の一戦だったが、わずか5分39秒で終わってしまった。「クエバス」の恐怖のあご割りパンチもハーンズの顔面にもボディにも届かなかった。次々と病院送りや再起不能にした強打も相手に届かなければ無力、逆にリーチ差13.5センチと有利なハーンズは、様子見することなく初回から攻め立て、クエバスに考える時間を与えることなく倒すことに成功し、無敗のまま世界タイトルを奪取。ハーンズの黄金時代が始まります。「トーマス・ハーンズ」、22才、29戦全勝27KO。

1980年8月2日(22才)■WBA世界ウェルター級タイトルマッチ■王座陥落
●2RTKO トーマス・ハーンズ(アメリカ)

VS 「ロベルト・デュラン」

王座陥落後にノンタイトル3戦2勝1敗、その後、肩の故障でリングから遠ざかっていたクエバス、1983年1月にノンタイトルで「石の拳・ロベルト・デュラン」と対戦。記録によると、デュランが150ポンド、クエバスが149ポンドですので、「ジュニアミドル(スーパー・ウエルター」の階級。
試合は初回から打撃戦となったが、デュランが全盛期を彷彿とさせる好調さでクエバスを圧倒し4R2分24秒でTKO。
試合の結果、数試合パッとしなかった「デュラン」が再び王座を目指すことになり、「クエバス」は試合から遠ざかるようになります。

ボクシングマガジン

1983年1月29日(25才)■ノンタイトル12回戦
●4RTKO ロベルト・デュラン(パナマ)

引退を噂されたが、

クエバスは、デュラン戦後も12戦6勝6敗で、1989年9月25日の試合(2RKO負け)を最後に31才で引退します。
ホセ・ピピノ・クエバス、通算戦績 50戦35勝(31KO)15敗。
前歯にダイヤモンドを埋め込んだチャンピオン、雑誌で見るといつも無表情、中学生時代大好きなボクサーでした。

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